February 25, 2020

退職して海外へ。家も仕事も捨てて東南アジアに旅立った理由

バンコクナナプラザの夜

ニートになってタイへ行く

昨年10月、私は当時勤めていた会社の契約を終了し、住んでいた都内のマンションも引き払って旅に出た。行き先はタイのバンコクとシンガポール。前から綿密な計画を練っていたわけではなく、目的地にもこだわりはなかった。時期が春夏だったらベルリンあたりに行っていたと思う。ただ1年ほど前から一貫して思っていたのは、日本を出て海外で暮らしてみたいということだった。

タイはいわゆるデジタルノマドの集まる国としていい評判を聞いていたし、シンガポールは現地採用の日本人のブログを前から読んでいて、国の勢いや活気、発展ぶりに興味があった。 ただ当時の私の心の大部分を占めていたのは、とにかく日本にうんざり、一刻でも早くここから出て行きたい!!ということだった。なぜあんなに追い詰められていたのだろう。仕事で大きなトラブルがあり疲労困憊していたことが直接的な原因だったけど、その前から少しずついろんな鬱憤が蓄積していて遂に耐えられなくなった、というのが正しい。

シンガポール チャンギ空港
常夏のメリークリスマス

留学・海外就職を目指していたけれど

私はITエンジニアの仕事で生計を立てるために自分なりに努力してきた(簡単な経歴はABOUTに書きました)。今の雇用形態は派遣だが、会社員の平均以上の収入を得ている(自慢するようなことでもないけど・・・)。フリーランスになれば仕事内容と収入のレベルが今よりも上がっていくのだろう。でも、そう思ってもあまり嬉しくはない。結局は今やっていることの延長線上なのだ。
今、というか当時やっていたこと・・・チーム開発だけど会社に所属しているわけではないから仲間はいないし、同僚は3人寄ればその場にいない人の悪口を始める。現実的に海外移住したいなら土日もプログラミングに加えて語学もやらないといけない。社会人になってから友達は減る一方で、数々の習い事やイベントに参加してみてもなぜかしっくりこない。会社にいるだけで疲れ切って一人マンションに帰宅する平日の夜。その無限の繰り返し。

そこで仕事のトラブルが起きて、なんかもうこれ以上がんばれないな、と思ってしまった。当時は海外移住するならドイツあたりの大学院に留学してコンピューターサイエンスの学位を取ってエンジニアとして現地就職して・・・という至極真っ当な計画を立てていて、留学要件を満たすためにIELTSを受けたりしていた。それは非常に現実的なプランだと今でも思うが、それを実行するだけの気力がもうなかった。まず留学するためにはIELTSのスコアを5.5→6以上に上げなければならず、貯金もプラス100万円くらい増やさなければならず、そのためには日本で働きながら英語を勉強し続けなければいけないし、もちろんプログラミングのスキルも磨かないといけないし・・・。そんなのとてもじゃないけど無理!だった。

香港サンタ
香港サンタ

日本のすべてに嫌気が差した

それは単純に勉強を続けるのが苦痛だったというよりも、日本で働き生活し続けることへの倦怠感や嫌悪感がピークに達していたことが大きい。そもそも海外移住に興味を持ったのも、昔から外国や語学が好きだっただけではなく、日本での生きづらさが根底にあった。 この世界にユートピアはない。でも当時の私には、日本の何を言っても叩かれる感じ、若者からお年寄りまでみんな無気力で疲弊しきっている感じ、集団から異物を排除しようとする傾向などなどがたまらなく息苦しく感じられた。どの会社に行っても(大企業も例外ではなく)セクハラ、パワハラ、長時間労働、無意味なルール等がまかり通っていて、日本のクソみたいな労働環境にも心底うんざりしていた。

労働環境はともかく、日本人が全員ゴミ人間ばかりなわけはない。ただ当時は職場の人間関係がうまくいっていなかったこともあり、日本人全般が何だかいやな人種に見えていた。

これはもう一旦日本から離れるしかない、と思い、私は留学や就職などの正攻法をすっ飛ばしてとりあえずタイに飛ぶことにした。それから約3か月をバンコク、シンガポール、香港で過ごした(香港行きはバンコクに渡ってから決めた)。 その結果についてはまた別の記事で書くつもりだけど、一言でまとめると、本当に行ってよかったと思っている。今、私は次の海外生活のための出稼ぎのため日本にいるけれど、当時の死にたくなるような鬱状態からはほとんど脱することができた。

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バンコクの屋台の足元には。

結果編に続きます。